MENU

Interview
インタビュー

01働き者の職人の父親の背中

川尻さん、お生まれはどちらになりますか。

川尻

生まれは兵庫県の芦屋市です。

芦屋市。普通に芦屋って聞くと関西の富裕層のエリアという感じですが、実際はどんな感じですか。

川尻

山側と海側がありまして、山側は関西で有名な六麓荘といわれるすごいお金持ちの町で、僕は山側ではなく海側です。

では比較的庶民的ですか。

川尻

はい、全然庶民的です。

おうちは事業をやっていたとかでもなくて。

川尻

私の父は散髪やさんを自営業で、一人で興していました。

では職人さんの生き方という感じですか、お父さんは。

川尻

そうです。父の職人の背中を見て育ちました。

あまりレジャーに時間を使ったり、仕事を長期休んでどこかに遊びに行ったりというよりは、来たお客さんを熱心に切っていたという背中を見ていた感じですか。

川尻

そうです。うちの父はすごい働き者で、1年365日ある中で、多分360日ぐらい仕事をしていた父でした。

すごい。それを見ていると川尻さんとしても、「仕事は一生懸命するものだ」というのが、生きる上で捉え方というか仕事のベースですか。

川尻

はい。小さいとき、その姿を見ていたので、途中まではその考え方でした。

子どものときは何かなりたいものってありましたか。幼少期というか小学校低学年ぐらいまでに。

川尻

小学校低学年のときはサッカーをやっていたので、単純にサッカー選手になりたいと思っていたと思う。

それは相当熱心にやっていたんですか。

川尻

そうです。市の代表に選ばれたり、高校も特待で行かせてもらったりしていました。

へえー! もしかして小学校、中学校ぐらいまでは部活一色?

川尻

部活一色でした。

もうサッカー選手になるものだと思ってやっていたわけですね。

川尻

そうです。やっていました。

ご兄弟は。

川尻

兄弟は兄が2人いまして僕が末っ子です。

お兄さんたちもサッカーとかですか。

川尻

兄2人は野球でした。僕だけがサッカーです。

お兄さんの野球は結構熱心に。

川尻

そうです。兄も高校野球とかに出ていたぐらい熱心でしたね。

どなたも家を継ごう、散髪やになろうという考えはなかった感じですか。男三兄弟で。

川尻

そう。真ん中の兄は今、名古屋で何店舗か理容室をやっているんですけども。僕も途中まで美容師をやったんですが、父には申し訳ないですけど、継ごうとは思わなかったです。

こちらのサイトはInternet Explorerをサポートしていません。

Edgeで開く(推奨)